クラブ ライブラリー〈小さな本の展覧会 〉3

思いがけない本の奥行を発見する歓び

 ー2019第53回造本装幀コンクール作品から

今回のクラブライブラリーは、53回目を迎えた造本装幀コンクールの受賞作品、応募作品の中から、『本づくりの原点・聖書の世界』『ここまでやるか ! すごい本たち』『触ってわかる、本の魅力』『水と戯れる本』『ひらいて愉快な本』『組版が美しいということ』『他にもある、すごい受賞作』の7テーマを切り口に、展示しました。
作品は、聖書や辞書、画集、文芸書と、本によって、紙づくり、文字組み、図版レイアウト、印刷、製本、造本に関わる多様な材料選びから加工まで、各々違った工夫のもとで作り込まれていきます。
本造りに近いところにいる人びとでも、つい通り過ぎてしまう1点1点の本が持つ、思わぬ奥行をこの機会に手にとって御覧ください。

本づくりの原点・聖書

ワイン造りのためのぶどう絞り機にヒントを得てグーテンベルクが端緒を開いた印刷術が目指したのは人びとが普通に読める現地語での聖書の印刷でした。
2400ページを超える1冊の本。強靭で老眼には少々きつい密度感。古代ギリシャ語から直接訳された独特の熱量を帯びた神の言葉の器。
万年筆の書き込みに耐え、裏写りしないで、究極の薄さを保つ用紙。一折32ページにもかかわらず折りの誤差を感じさせない造本、背固め。用紙の抄造から印刷、製本まで、その本造りの技術の高さに脱帽。
指に吸い付くような心地よいページめくりの感覚を手にとって試してください。

ここまでやるか!すごい本たち

本を設計する人は本の世界をとことん追求してデザイン・印刷・新しい資材製本のアートブックを作ってみたいという欲望を持っています。今回も、表紙表面にフォトアクリルを張ったコデックス装の本、全面黒にエッチング風の金の箔押し表紙に章扉もコードフォイル印刷によるカラフルな箔押しを施した展覧会図録、骨の小鉤(こはぜ)付の空押し布貼り函帙(はこちつ)本、丸い本など、物質としてのオーラを放つ本が並びました。書店の店頭で売上を競う本を厳しいコスト管理のもとで作っている出版社の編集者にとってはちょっと複雑な心持ちですが、ローコストながら簡素な佇まいにセンスや工夫が光る商品としての本とは対極の、新しい素材使いの冒険や、実験的な組版やレイアウト、印刷製本に贅を尽くした工芸品のような本も、本作りの豊かな可能性を広げてきています。

触ってわかる、本の魅力

電車内でスマホの画面を人差し指でスライドしながら読書に興じる人々を多く見かけます。逆に、次に掲げる5冊の本のように両手に収めて質感を感じる紙の本が愛おしく思える今日この頃です。
肌が乾燥する季節にソフトタッチPPの程よい潤いを感じる表紙は掌にしっくりなじみます。表紙を窓くりぬきにし、角丸加工、本文の斤量を上げたことにより、安心して幾度も手に取り、幾度も目を通したくなる写真集に仕立てられました。
そして、見える人も見えない人も、共に楽しめる盛り上げ印刷のバリアフリー絵本は、触る本の真骨頂といえます。
この2019年6月に「読書バリアフリー法」が制定されたのをきっかけとして、視覚障害の方たちのために、一層の環境が整えられることを願うばかりです。

水と戯れる本

本や紙にとって水は天敵。お風呂での読書が好きな方は多いでしょうが、そこで読んだ紙束が水気を吸って膨張しゴワゴワになってしまった経験も皆が抱えているはずです。
ところが、今回「審査員奨励賞」を受賞した『水温集』は、水があるからこそ体験できる特別な読み方を提案する本。世にも珍しい、水に言葉が溶けていく詩集なのです。広島・尾道にある古本屋「弐拾dB」の企画によるこの1冊は、紙の繊 維質と文字インクが水に溶ける時差を利用した水面に浮かべて読むもの。言葉の儚さを意識しないわけにはいきません。
地域発の「水と戯れる本」としては、第51回造本装幀コンクールで受賞した『城崎へ帰る』の姉妹本『城崎裁判』(万城目学:著 NPO本と温泉:出版)という防水本もあります。仲良く水と関わる本が、これからも登場するかもしれません。

ひらいて愉快な本

本は著者以外の誰かがひらいて、初めて本たり得るものです。が、ひらけば開くほど愉しい本も世界にはありまして、例えば蛇腹などの折り本がそれにあたります。
1000年以上の歴史を持つ折り本は巻子本が発達したもの。巻子装幀から軸を取り外し、一定の幅で折り返していく折り本は閲覧性があがり、糸なども使わない簡易さから習字の手本や版経、式辞用紙や預金通帳にも使われていました。
今回「日本印刷産業連合会会長賞」を受賞した神坂雪佳の『滑稽図案』は、明治36年の版木を用いた1冊で、時代を超えた印刷・製本技術の粋を集めた精巧さ。また「日本印刷産業連合会会長賞」の『編集手本』は松岡正剛の直筆原稿をシンプルな構造(手本折製本)で効果的に伝えます。
一方、読書推進運動協議会賞を受賞した『山梨ワイン探索23組の生産者を訪ねて』は、カバーをひらくと本の中に記されたワイナリーマップ(裏面はポスター風)になっており、読んでひらいて2度愉しい造本です。


組版が美しいということ

一文字一文字の字面(じづら)が鉛の活字によって固定されていた活版印刷の時代から、私たちの先達は、『美しい組版とは、文字組とは何か』を追求してきました。
日本語の組版が、In Designに代表される組版ソフトによって、大きな自由度を持った今、かえって日本語組版の美しさについて、無頓着になっているきらいがあります。
その中で、字面感覚の鋭い、はっとするほど美しい文字組みに出会う歓び。その美しさに触れていただける作品を展示しました。本を開いて、本文の文字組の美しさをじっくりご堪能ください。

他にもある、すごい受賞作

受賞作21作品にはほかに、作家ごとに異なる本文用紙・印刷・書体で組み上げたアンソロジー本、モノリスのようなオブジェクト感の函入り本など、モノとしての魅力を追求したさまざまな本が並びました。今回の応募は141社268作品、それぞれ魅力ある本が目白押しで、どの本が受賞しても不思議はない個性豊な内容でした。個々の読者の嗜好の細分化・多様化を、造本装幀の世界が如実に映す中、受賞作にラピスラズリ色と赤が目立ったのはトレンドでしょうか。
このコンクールの受賞作はドイツのフランクフルト・ブックフェアに展示され、「世界で最も美しい本」コンクールに出品されます。次回の募集は2020年1月下旬からです。贅を尽くしたアートブックのみならず、文芸書や小説などの一般書も含め、紙の本の世界を豊かにするたくさんの作品のエントリーをお待ちしています。